May 2011
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ーこの地方の日の出は、日々新たに私を圧倒する出来事であった。劇的だったのは、地平線上に太陽が急に昇ってきたときの光輝よりも、それに続いてひき起こることの方にあった...
– ユング自伝 - 旅
July 2010
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黒の幻想
黒は明るい輝かしい色である。少なくとも私にとっては―。
陰鬱で濁った感じは、私の中では絶対に黒とは結びつかない。それどころか、朗らかで透明な宝石のような光の世界が、黒という言葉から私のなかに生れる。
それは時には、優雅で温かい女性的な肌触りを連想させることもある。
また時には、冷たくて爽やかで、合理的な盤のような映像を喚び起こすこともある。
幾何学的な構造の石の建物の、廊下には四角な黒い板が敷き詰められるだろう。
純白な大理石の壁には、円形の黒い板がはめこまれるのがふさわしい。
巨大な哲学の体型は黒い塔を想わせるし、完璧な短い詩篇は小さな黒い箱である。
黒い夜空ほどなまめかしいものはなく、黒い髪の毛ほど神秘なものはない。
黒白映画は着色映画よりも遥かに幻想的であり、墨絵は極彩色の絵よりも深い空間を表現する。
...
June 2010
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“人生のある一瞬には
地平線も水平線も見えない
夢だってあるのだ”
ー 田村隆一
May 2010
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March 2010
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日も差さない墓場と成り果てた黒い荒野でも、夢は見れる。
February 2010
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だれでも自殺したものは
四辻のわきに埋められる
そこにはあおい花がさく
世にすてられたひとの花
四辻に立ってかなしんだ
夜は音もなく冷えていた
月のひかりにゆれるのは
世にすてられたひとの花
ーハイネ「抒情挿曲」
*
海のやうな瞳
空のやうな瞳
花ふりかかる瞳
露のきらめく瞳
その瞳の中に生れ
その瞳の中に死んでゆく。
*
星を貫くガラスのドリル。
*
僕は、水晶の蛇を追跡せねばならぬ。
*
太陽はその実体よりも、その光芒に於いて
より太陽である。
薔薇は嵐を予感する。
*
北が十字を結ぶ。
舌を出した カシオペア。
富沢赤黄男「雄鶏日記(抄)」
Pushkarはインド西北部、ラジャスタン地方にある巡礼地。
村の中心には、創造主ブラフマーを祀った聖なる湖があり、湖畔にはインド―イスラム様式の白い寺院が建ち並んでいる。
この辺りは半砂漠地帯で、周辺の村からやってきた、カラフルなサリーを着た部族の人たちの姿をよく見かける。
骨董屋のアショクマとの出会い、山の上の寺院のババ(司祭)にミルクやお米を持っていったこと、古い絵やトンボ玉を集めたこと、
世界全体があかね色に染まるような夕映えなど、プシュカルには、いろいろな想い出がある。
アショクマの話によると、ここにやって来た巡礼者たちは、銀製の装身具やコインを湖に投げて祈り、願掛けをするそうだ。
それで、湖に網を投げると、ずっと昔の人が投げ入れた銀の装身具を引き揚げることができる。
彼の店に置いてある古い銀製品の多くもそうやって見つけたものだということだ。
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「いちばんはかないことはなんだ」 「不当に所有することよ」 「世界を識るものは誰だ」 「自分自身を識るものよ」 「永遠の秘密は何か」 「愛よ」
ー ノヴァーリス「青い花」
竜彦「勿論だよ。何か好きなものがあるということは素晴らしいことなんだ」
良子「ロックとマンガでも?」
竜彦「そうさ。なんだっていいんだ。なにかを好きになって.細かな味も分かってくるということは、とても大切なことなんだ。マンガでもロックでも。深く好きになれる人は、他のものも深く好きになれる」
良子「(うなずく)」
竜彦「一番恥ずかしい人間は、くだらないとかいって、なにに対しても深い関心をもてない人間だ。そういう人間の魂は干(ひ)からびている。干からびた人間は人を愛することも物を愛することもできない」
良子「(うなずく)」
竜彦「たとえば、ビールの蓋(ふた)やジュースの蓋を、子供が集める。それは、はたから見たたらくらだない。そんな暇があったら勉強した方がいい、と大人は思うだろう」
良子「(うなずく)」
...
真萩散る庭の秋風身にしみて 夕日の影ぞ壁に消えゆく
- 永福門院
彼らは心ゆくばかり高く、低く、速く、緩く、卍巴と光の中を飛び廻った。彼らは光をうって飛んだ。彼らは光を呼吸した。彼らの翼は光で洗われ、瞳は光で磨かれた。彼らは嬉嬉として光の化身のように飛びまわった。
― 中勘助「鳩の話」
December 2009
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子供に神秘的な恐怖を教へたい。その為に子どもが臆病になつても構はない。臆病と云ふ事は不徳ではない。のみならず場合によれば野人の勇敢よりも遥かに尊い道徳である。暗い森を見てその中にゐる毛物を退治しようと思ふ子供よりも、この暗い森の中にどんな恐いものが住んでゐるだらうと感ずる子供の方が偉い人間になる。狐の話、狸の話、四つ辻のお化、雷様の太鼓は凡て子供の心を深くし広くする大事な養ひである。(後略)
―「百鬼園日記帖」大正六年九月二十四日の八
September 2009
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頭士 真砂樹: INNOCENT 現像の無垢を待ちわびるように
“「光と化学、そして不測のもの」
レンズを通った光が特定の場所にその像を結ぶという現象を発見したのち、人類は感光性のある物質に出会うことで初めて世界の像を定着することに成功した。
19世紀のその出来事以降、次々と進む写真技術の革新と同時代の心理的な感覚のあいだには絶えざる「世界の見え方」に関する葛藤があった。
技術というものは一般的に常に明解・確実で安定した方法を求めて進化するものである。
現在、時代は前時代的な方法・直接物体を扱うアナログ的なもの(漸次的なもの)から、新時代のデジタル的な方法(アナログ世界を数量化してそのデータを扱う方法)へと大きく変化する時期にあたっている。
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August 2009
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June 2009
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April 2009
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March 2009
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February 2009
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January 2009
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鈴木漠詩集『車輪』(1968)より〈塔〉後半部分
すべてはもえるなつくさのむこうで
ゆるやかにとうのはだをぬらすあめ
むしたちのよぶこえみずのしたたり
ひかりとたわむれるとりけものたち
たましいをまねきよせるあのけはい
うたわれているこのはのこもりうた
だがゆびのあいだまだゆれるほのお
すべてはもえるなつくさのむこうで