竜彦「勿論だよ。何か好きなものがあるということは素晴らしいことなんだ」
良子「ロックとマンガでも?」
竜彦「そうさ。なんだっていいんだ。なにかを好きになって.細かな味も分かってくるということは、とても大切なことなんだ。マンガでもロックでも。深く好きになれる人は、他のものも深く好きになれる」
良子「(うなずく)」
竜彦「一番恥ずかしい人間は、くだらないとかいって、なにに対しても深い関心をもてない人間だ。そういう人間の魂は干(ひ)からびている。干からびた人間は人を愛することも物を愛することもできない」
良子「(うなずく)」
竜彦「たとえば、ビールの蓋(ふた)やジュースの蓋を、子供が集める。それは、はたから見たたらくらだない。そんな暇があったら勉強した方がいい、と大人は思うだろう」
良子「(うなずく)」
竜彦「しかし、ちがうんだ。肝心なのは、夢中になっているということなんだ。なにかに、深く心をそそいでいるということなんだ。それが心を育てるんだ。それに比べたら勉強ができるなんてことはつまらないことだ」
良子「(うなずく)」
竜彦「なにかを深く好きになることが必要だ。しかしそれは、ほうっておいて出来ることじゃない。好きになる訓練をしなきゃあいけない」
良子「(うなずく)」
竜彦「マンガが好きならマンガでもいい。ただ、気持ちのままに読み散らかしているのではいけない。細かな味をわかろうとしなければいけない。すると、誰のがチャチで、誰のがいい味だというのが分ってくる。もっと深い味が欲しくなる。もっと複雑な魅力がほしくなる。それはもうマンガでは駄目だということになったら、他のものを求めればいい。その分、君の心は豊かになっている。」
良子「ーーーーー」
竜彦「好きなものがない、というのはとても恥しいことだ。何かを無理にでも好きにならなければならない。若い内は、特に、なにかを好きになる訓練をしなければならない」
良子「ーーーーー」
竜彦「なにかを好きになり、夢中になるというところまで行けるのは、すばらしい能力なんだ。物や人を深く愛せるというのは誰もがもてるというものじゃない、大切な能力なんだ。努力しなければ持つことの出来ない能力なんだ」